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水と光と
ようやく師走の仕事が片付いて、今日は夕方からDila達と散歩してきました。
いつものように公園に出掛け、鶏そばを食べた後、家に戻って少し撮影に付き合ってもらいます。
先日、ネットで面白いものを見つけたので、早速試してみたかったのでした。

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いまから2時間前に撮った写真。Jpeg撮って出しで、縮小だけ掛けています。


ネットで見つけたのはコレ↓



ネットでの作例はRain Photoshootとのことでしたが、手っ取り早く庭の散水ホースを使ってみます。

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Dila達の斜め前からアンブレラでディフューズしたフラッシュをワイヤレスで焚き、
被写体の後ろから「ヒカル小町」をシンクロさせて撮影しています。
ホースを使っての散水も彼女達が交代で担当。
なかなか思うような水加減にならないのですが、幼いアシスタントでは仕方がないですね。


Putriの立ち位置がずれてしまって、後ろに置いたヒカル小町の直射を受けてしまいました。

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すべてF2.8で撮っていますが、水滴の粒々がボケすぎてしまいました。
もう少し絞れば水滴がはっきり写ったでしょうが、とりあえずは意図したものが撮れたようです。
髪の毛にボリュームのあるモデルさんだったら、ヘアー・ライトが綺麗に写ったことでしょう。
次は近所の子供達ではなく、モデルさんで挑戦したいですね。

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追記:
水滴がボケすぎないようレンズの絞りをF9.0にして、コチラにてリベンジしてみました。

K200D & FA43mmF1.9 Limited
by asang | 2010-12-29 22:37 | Portrait
アスパラガスの花
庭に植えてあるアスパラガスに花が咲いています。

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ちょうど3年前に植えたアスパラガス。年に2度、小さな可愛い花を咲かせます。

庭の菜園、ずっとパパイヤを育てていたのですが2006年に病気にやられてしまい、
8本植えてあった全てがダメになってしまいました。
空いた土地に何を植えようかと考えたときに思い浮かんだのがアスパラガス。
家族がバリ島に遊びに来た際に、日本から100均で種を買ってきてもらったのでした。

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インターネットで調べると、アスパラは種を植えて3年目から収穫できるとのことでしたが、さすがは熱帯。
1年短縮で、2年目から収穫できるようになりました。

15株ぐらい育ったのですが、分けて欲しいという人に株ごとあげてしまったり、枯れてしまったりで、いまは8株ほど。
初めて芽が出た昨年は面白がっていろいろと手入れはしていたのですが、
そのうち面倒になって肥料もやらなくなり、放ったらかしです。
芽が出ても1本2本だと料理するのも食べでがなくって摘まずにそのまま...
育つに任せてまさに草ボウボウの状態で、たまに口にする程度になっています。

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アスパラ、インドネシアではあまりポピュラーとはいえません。
中華料理屋には「カニとアスパラのスープ」などはあるのですが、
どこも缶詰のアスパラを使うので、普通の人はアスパラがどんな植物か知らないようです。
近所の人からも「お庭のモミの植木が良いですねぇ」なんて言われる始末。
モミの木ではなくてアスパラガスなんですよ、と答えてもアスパラなんて知らない人がほとんど。
スーパーでは時どき見かけますが、普通の市場には出回っていないので、知らなくても当然かもしれませんが。

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今日の収穫はこの1本だけでした。
15cmほどには育っていますが、肥料をやっていないので細いです。


1・2枚目:K200D & FA31mmF1.8AL Limited
3枚目:K200D & DA*60-250mmF4
4~6枚目:K200D & Voigtlander Nokton 58mm F1.4 SL

by asang | 2010-12-23 20:32 | Flora & Fauna
裁縫屋さん
前回のエントリーでは八百屋さんに登場いただきましたが、
本日は行商つながりで裁縫屋さんを紹介です。

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裁縫屋さん、「仕立て直し」という意味のフェルマック(Vermak)と呼ばれています。
改造して作業台を取り付けた3輪の自転車に乗って住宅街を回ります。
ちなみにLevisと書いてあるのはジーンズのLevi’sのことですが、
こちらではジーンズ一般をLevisと言っちゃいます。読みは「レーフィス」ですが...

この裁縫屋さん、とっても便利です。
新調したズボンの裾上げのほか、壊れたファスナーを取り替えて貰ったり、
失くしてしまったシャツのボタンをつけて貰ったりと、細々した裁縫をお願いします。

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作業台には足踏みミシンが据えられていて、左右に渡した踏ん張り棒を跨いでミシンを踏みます。

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写真の彼は隣県のスカブミ県にある山の村の出身。
高校卒業後にボゴールに出てきて、もう8年ほど裁縫屋をしています。
私はたまたま彼の出身地方に出向いたことがあったので、彼に仕事を頼むときは地元のネタで話しが弾みます。

ズボンの裾上げで1本5,000ルピア(約50円)。
一日に10人お客が取れれば、まぁ何とか食べていけるでしょうか。

注文をこなして仕事が終わると、こうして自転車をこいで次のお客を探します。

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こちらは優雅に木陰で客待ち。
我が家の近所では、結構繁盛しているみたいです。

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1~4枚目:K200D & FA31mmF1.8AL Limited
5枚目:K200D & DA*16-50mmF2.8
6・7枚目:K200D & Tamron AF18-250mm F3.5-6.3 Di II

by asang | 2010-12-22 22:02 | Urbanscape
今夜のおかず
朝9時少し前。
仕事に取り掛かろうとメールのチェックをしていたら、家の前の通りから「ユール、ユール」の掛け声が。
サユール(Sayur)とはインドネシア語で野菜のこと。
手押し車で行商の八百屋さんの合図です。
早朝に市場で品をそろえ、住宅街を行商に来ます。
八百屋とは言うものの、魚や肉なども取り扱っていることが多いです。

掛け声を耳にし、さっそくサンダルをつっかけて、今夜のおかずになりそうなものを物色に出ます。

今夜のおかずにセレクトしたのはコレ↓。

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鰹です。
独り者の私には2尾も食べきれないので、1尾で売って貰います。
30cmほどの大きさで1尾25,000ルピア(約250円)。

竜田揚げにすることにして、その場でぶつ切りにしてくれるようお願いします。

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雨季のこの時期は外出が面倒なので、スーパーに買いに出ずとも家の前まで食材を運んでくれる八百屋さんは重宝します。


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手押し車にはいろんな食材が載っています。
インゲン、赤玉葱、金時豆、トウガラシ、ニンジン...
バナナはそのままで食べられるもの、加熱が必要な調理用バナナなど数種を扱っています。


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鰹のほかに小鯵やエビもありました。


お隣のおばちゃんは鯉を買ってました。
お昼は鯉のから揚げだそうです。

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隣家のおばちゃんにはと~っても世話になっています。
こうやって食材を買いながらレシピを教わったりするのですが、
時には買った食材をその場でおばちゃんに預けて、料理して貰っちゃったりします ^^)v
東京でアパート暮らしだった頃は、隣の部屋に誰が住んでいるかも知りませんでしたが、
ここボゴールでは隣近所の人達と上手くお付き合いさせて頂いています。

さて、醤油とお酒で下味をつけておいた鰹、これから揚げて夕ご飯です。


K200D & FA31mmF1.8AL Limited
by asang | 2010-12-21 20:16 | Daily life
朝の自宅界隈
土曜の朝。
屋台で朝食を取りがてら、久しぶりに近所をぶらぶらしてみました。

目指したのは歩いて5分ほどの距離にある運動場。
土・日には小さな朝市が立ち、食事のできる屋台も並びます。

道中ですれ違った氷屋さん。

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かき氷やジュースを出す近隣の屋台に氷を配達のようです。
氷屋さん、なんだか懐かしい気がしますが、思い返してみても日本で直に目にしたことはなかったような...
私の親の世代であれば、目になじんだ光景なのでしょうか。

こちらは運動場にテントを立てて出店していた揚げ春巻き屋さん。
揚げたてでおいしそうではありましたが、早朝から油っこいものを食べる気になれず、写真だけ撮らせてもらいました。

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運動場を一回りしたのですが、お目当てのソト・アヤム(soto ayam=チキン・スープ)が見当たらず、
さらにまた5分ほど歩いて、近くの公園に。

遠方の朝市での買出しから帰る人や、天秤棒を担いで運動場に向かうシオマイ(siomai=シューマイ)屋さんとすれ違います。

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こちらは公園の片隅で客待ちをするデルマン(delman=馬車)。

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いつもと変わらない、穏やかなボゴールの朝でした。


今回の写真は5枚目を除いて、DA*50-135mmで撮影しています。
SDMが不調でAFができなくなっていたレンズでしたが、
K-7使いの友人にしばらく貸したところ、私のK200DでもSDMが動くようになりました。
そうはいってもまだ動作が不安定で、頻繁に動かなくなってしまうので
来年の帰国時に修理ではあるのですが、とりあえず騙し騙し使っていくことにします。
友人のK-7では問題なく使用できるのに、私のK100DsやK200Dでは動かなくなる原因を
きちんとペンタックス・フォーラムで伺いたいと思っています。


K200D & DA*50-135mmF2.8
5枚目のみK200D & Tamron SP AF17-50mm F2.8 XR Di II

by asang | 2010-12-19 23:59 | Urbanscape
バドゥイの集落で (#09)
集落の中をぶらぶらと散歩しながら撮らせてもらった子供達。

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バドゥイの集落での写真は2007年の撮影です。
当時はデジタルの一眼レフを持っておらず、すべてコンパクト・タイプのデジカメで撮っています。
記録写真としては十分ではあるのですが、早朝や夕方の写真など、
手ブレがひどかったり、ノイズが強く出ていたりして、かなり残念な思いをしました。
せっかくの貴重な体験をもっと綺麗に写せていればなぁ、と強く思ったのでした。

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このバドゥイの集落への訪問をきっかけにデジタル一眼レフの購入を決意し、
インターネットでの口コミ情報を参考にしながら、2ヵ月後に念願のカメラK100Dsを手に入れることになったのでした。
カメラをグレード・アップしたからといって、写真が上手くなったわけではないのですが、
写真を撮ることがすごく楽しくなりました。
ただひとつ、農村通いの際の荷物が大きくなったのは難点ですが...

実はサニップさんとはもう2年近くお会いしていません。
バドゥイの人達が行商していたハチミツ、その品質に消費者からクレームがつくようになり、最近はあまり売れなくなってしまいました。
そんな理由でサニップさんもボゴールへの行商をやめてしまったようで、
以来、お会いする機会を得られずにいます。
電話も郵便もないので、こちらからは連絡の取りようがないのが残念です。
撮影機材も充実してきたことだし、バドゥイの人達の集落に再訪したいのですが...
by asang | 2010-12-18 11:20 | Livelihood
バドゥイの集落で (#08)
1泊2日でお邪魔したバドゥイのサニップさんの集落への訪問。
ボゴールまでの帰路も7時間近くかかるので、残念ながらお昼前にはおいとますることになりました。

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バドゥイのテリトリーの外、オートバイ・タクシーを捕まえることができる集落までは、サニップさんが見送りしてくれました。

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バドゥイのテリトリーと余所の村との境界に建てられた看板。

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「バドゥイ以外の者によるバドゥイの慣習地の侵害行為は、最長6ヶ月の懲役、もしくは最高5百万ルピアの罰金が課せられます」
といった意味のことが記された、政府による注意書きです。


学校や病院など近代文明によって出来上がった仕組みを否定しているバドゥイですが、
拒絶できないもののひとつに国家というシステムがあります。
いくら伝統的な暮らしを続けたいと言っても、インドネシアという国の領土の中に暮らす以上、国の干渉は避けて通れません。

この点に関しては、他の民族グループに比べ、バドゥイの人達は上手く対応しているように見えます。

バドゥイの人達は、国や行政という制度を受け入れつつも、バドゥイのテリトリーをひとつの村としてまとめ、
この村全体をある種の特別自治区のような形に認めさせるという方法を取りました。

バドゥイのテリトリーは、行政村としては「カネケス村」として定められています。
住民はバドゥイの人のみで構成されているようです。
バドゥイを統べる伝統的な首長などの仕組みはそのままに、
それとは別に行政上の村長などの役人も村人から選出し、国というシステムに従う形をとっています。


ネットで得られた情報によるとカネケス村の面積は5,011.8ヘクタール。
2009年6月時点の総人口は11,172人(2,948世帯)とのことです。
このカネケス村、現在は58の集落に分かれており、3つの「内バドゥイ」と55の「外バドゥイ」の集落があるようです。
私が訪問した集落も外バドゥイの集落のひとつということになります。

この約5,000ヘクタール、1万人強の人々が住むカネケス村が、
2001年に決議された県条例によってバドゥイのテリトリーとして国に正式に認められ、外部からの侵害に対して保護されています。
条例の文言によると、保護されるのはあくまでも彼らの土地となっているので、
プランテーション農園や工場などの進出、あるいはバドゥイ以外の者による農業開拓などを禁じることで、
バドゥイの人達の生活圏の安定を保障しているようです。

バドゥイの人達自身による希望のみならず、バドゥイの伝統に共感する外部の者やバドゥイの管理についての対応に苦心した政府など、
様々な立場の人が関わってこうした保護政策が立てられたと推察されますが、
私個人としては英断なのではないかなと感じています。


ちなみに、バドゥイの人達、民族的にはあくまでもジャワ島西部のマジョリティであるスンダ人のなかの一グループとされています。
話す言葉もスンダ語のバドゥイ方言ということになるようです。
また、「バドゥイ」というのも実は他称で、バドゥイの人達は自らを「カネケスの人(Urang Kanekes)」と自称しています。
バドゥイという名の由来は諸説あるようですが、なんと、中東の遊牧民族であるベドウィンから来ているという説が有力のようです。
焼畑による移動耕作を理由に定住していなかったバドゥイの人達と、
アラブ地方の遊牧民ベドゥインとに類似性を見出したオランダ人による命名が発端のようです。
by asang | 2010-12-17 21:12 | Livelihood
バドゥイの集落で (#07)
行商で得た現金の使い道、もうひとつの答えは食料です。
集落内で入手することができない塩などは、以前には物々交換で手に入れていたものですが、いまでは町のお店で購入です。
また、揚げ油や魚の干物なども外から購入することが多くなっているようです。

タバコも現金支出の少なくない部分を占めていると思われます。
タバコそのものは、集落内でも栽培されているそうですが、
葉を刻んでトウモロコシの葉で巻いた昔ながらのタバコよりも既製品の方が好まれているようでした。

そのほか、集落のなかで非常に目に付くのは子供達が手にしているスナック菓子。

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スナック菓子は子供達にとって、魅惑の品のようです。
お父ちゃんが出稼ぎから帰ってきた時のお土産の筆頭は、これらスナック菓子なのでしょう。

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50以上あるバドゥイの集落全てでそうなのかどうかわかりませんが、
少なくとも私がお邪魔させて貰った集落にはお店がありませんでした。
衣服や食料などの購入は、バドゥイのテリトリーの外にある集落の雑貨屋や、町の小売店を利用しているようです。
by asang | 2010-12-13 21:26 | Livelihood
バドゥイの集落で (#06)
バドゥイのテリトリーの中には学校がありません。
これは政府の怠慢などの理由ではなく、バドゥイ自身が学校を否定しているためです。
村の中で電気を使うことも禁じられているので、テレビもラジオもありません。
ですので、村の中でインドネシア語に触れる機会もありません。
サニップさんのようにインドネシア語ができるのは、行商で街に出て独学で学んだ人達だけです。
今の時代、若い男性は行商にでる人も多く居ますが、女性のほとんどは一生をバドゥイのテリトリーの中で暮らすようです。
このときの滞在でも、インドネシア語を話せる女性とは出会いませんでした。

小さな子供達はもちろんインドネシア語ができません。
ですが、好奇心旺盛な子供達とは、言葉が通じなくともなんとか仲良くなれるものです。
最初は警戒していた子供達も、しばらくしたらカメラを構える私を容認してくれるようになりました。

はじめのうちは私を睨み返してきた小さな女の子...

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少しずつ、気を許してくれるようになりました。

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ところで、バドゥイの集落の中では、お金を使うことがありません。
これまでの生活は基本的に自給自足と近隣集落との物々交換で済んでいたようです。

では、行商で稼いだお金は何に使われるのでしょうか?

答えのひとつは衣服です。
元来、バドゥイの人達が纏う衣装は綿花から織られる布で作られていました。
現在でも機織りは続けられていますが、既製服を買ったほうが手っ取り早いようで、
最近では街で売られているTシャツなどを身につけるようになっています。

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バドゥイの衣装については、内バドゥイの住民は白、外バドゥイの住民は黒、と決められているのですが、
外バドゥイの人達に限っては、既製品の流入と共に黒一色だけにとどまらなくなってきているようです。

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by asang | 2010-12-09 21:19 | Livelihood
バドゥイの集落で (#05)
日が昇ると、人々も広場に集まってきました。
前夜に儀礼の練習のための演奏が行われていた広場です。

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私はそれなりにインドネシアの農村を回ってきた経験もあり、大体どこの村でも人達と仲良くなる自信はあるのですが、
ここではコミュニケーションの難しさを感じました。

大体どこでも最初に仲良くなるのは子供とおばちゃん。
ですが、バドゥイの村には学校がありませんし、
女性達はバドゥイのテリトリーから外に出たことのない人がほとんどで、インドネシア語が通じません。

そんなとき、普段であればデジカメが仲介役になって、モニターに写した写真で盛り上がることもできるのですが、
バドゥイでは写真を撮るのにも、それぞれの皆さんの許可がいります。
この集落での撮影そのものは既に許可を頂いていますが、
各個人に対しては身振り手振りで撮影しても良いかを伺います。

カメラを構えて相手の反応を見ます。
そのままじっとしてくれれば撮影OKの合図(と好意的に理解します)。
うつむいたり、その場をスッと離れる人は、撮影されたくないという合図だと理解します。

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言葉が通じないながらも、子供達はよそ者の私を怖がらなかったようです。
周りに居る大人たちからもNGが出なかったので、
1枚撮ってはその写真をモニターで見せ、子供達の反応を見ながらまた撮影、という感じで写真を撮らせていただきました。

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by asang | 2010-12-05 14:33 | Livelihood