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バドゥイの集落で (#09)
集落の中をぶらぶらと散歩しながら撮らせてもらった子供達。

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バドゥイの集落での写真は2007年の撮影です。
当時はデジタルの一眼レフを持っておらず、すべてコンパクト・タイプのデジカメで撮っています。
記録写真としては十分ではあるのですが、早朝や夕方の写真など、
手ブレがひどかったり、ノイズが強く出ていたりして、かなり残念な思いをしました。
せっかくの貴重な体験をもっと綺麗に写せていればなぁ、と強く思ったのでした。

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このバドゥイの集落への訪問をきっかけにデジタル一眼レフの購入を決意し、
インターネットでの口コミ情報を参考にしながら、2ヵ月後に念願のカメラK100Dsを手に入れることになったのでした。
カメラをグレード・アップしたからといって、写真が上手くなったわけではないのですが、
写真を撮ることがすごく楽しくなりました。
ただひとつ、農村通いの際の荷物が大きくなったのは難点ですが...

実はサニップさんとはもう2年近くお会いしていません。
バドゥイの人達が行商していたハチミツ、その品質に消費者からクレームがつくようになり、最近はあまり売れなくなってしまいました。
そんな理由でサニップさんもボゴールへの行商をやめてしまったようで、
以来、お会いする機会を得られずにいます。
電話も郵便もないので、こちらからは連絡の取りようがないのが残念です。
撮影機材も充実してきたことだし、バドゥイの人達の集落に再訪したいのですが...
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by asang | 2010-12-18 11:20 | Livelihood | Comments(6)
バドゥイの集落で (#08)
1泊2日でお邪魔したバドゥイのサニップさんの集落への訪問。
ボゴールまでの帰路も7時間近くかかるので、残念ながらお昼前にはおいとますることになりました。

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バドゥイのテリトリーの外、オートバイ・タクシーを捕まえることができる集落までは、サニップさんが見送りしてくれました。

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バドゥイのテリトリーと余所の村との境界に建てられた看板。

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「バドゥイ以外の者によるバドゥイの慣習地の侵害行為は、最長6ヶ月の懲役、もしくは最高5百万ルピアの罰金が課せられます」
といった意味のことが記された、政府による注意書きです。


学校や病院など近代文明によって出来上がった仕組みを否定しているバドゥイですが、
拒絶できないもののひとつに国家というシステムがあります。
いくら伝統的な暮らしを続けたいと言っても、インドネシアという国の領土の中に暮らす以上、国の干渉は避けて通れません。

この点に関しては、他の民族グループに比べ、バドゥイの人達は上手く対応しているように見えます。

バドゥイの人達は、国や行政という制度を受け入れつつも、バドゥイのテリトリーをひとつの村としてまとめ、
この村全体をある種の特別自治区のような形に認めさせるという方法を取りました。

バドゥイのテリトリーは、行政村としては「カネケス村」として定められています。
住民はバドゥイの人のみで構成されているようです。
バドゥイを統べる伝統的な首長などの仕組みはそのままに、
それとは別に行政上の村長などの役人も村人から選出し、国というシステムに従う形をとっています。


ネットで得られた情報によるとカネケス村の面積は5,011.8ヘクタール。
2009年6月時点の総人口は11,172人(2,948世帯)とのことです。
このカネケス村、現在は58の集落に分かれており、3つの「内バドゥイ」と55の「外バドゥイ」の集落があるようです。
私が訪問した集落も外バドゥイの集落のひとつということになります。

この約5,000ヘクタール、1万人強の人々が住むカネケス村が、
2001年に決議された県条例によってバドゥイのテリトリーとして国に正式に認められ、外部からの侵害に対して保護されています。
条例の文言によると、保護されるのはあくまでも彼らの土地となっているので、
プランテーション農園や工場などの進出、あるいはバドゥイ以外の者による農業開拓などを禁じることで、
バドゥイの人達の生活圏の安定を保障しているようです。

バドゥイの人達自身による希望のみならず、バドゥイの伝統に共感する外部の者やバドゥイの管理についての対応に苦心した政府など、
様々な立場の人が関わってこうした保護政策が立てられたと推察されますが、
私個人としては英断なのではないかなと感じています。


ちなみに、バドゥイの人達、民族的にはあくまでもジャワ島西部のマジョリティであるスンダ人のなかの一グループとされています。
話す言葉もスンダ語のバドゥイ方言ということになるようです。
また、「バドゥイ」というのも実は他称で、バドゥイの人達は自らを「カネケスの人(Urang Kanekes)」と自称しています。
バドゥイという名の由来は諸説あるようですが、なんと、中東の遊牧民族であるベドウィンから来ているという説が有力のようです。
焼畑による移動耕作を理由に定住していなかったバドゥイの人達と、
アラブ地方の遊牧民ベドゥインとに類似性を見出したオランダ人による命名が発端のようです。
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by asang | 2010-12-17 21:12 | Livelihood | Comments(2)
バドゥイの集落で (#07)
行商で得た現金の使い道、もうひとつの答えは食料です。
集落内で入手することができない塩などは、以前には物々交換で手に入れていたものですが、いまでは町のお店で購入です。
また、揚げ油や魚の干物なども外から購入することが多くなっているようです。

タバコも現金支出の少なくない部分を占めていると思われます。
タバコそのものは、集落内でも栽培されているそうですが、
葉を刻んでトウモロコシの葉で巻いた昔ながらのタバコよりも既製品の方が好まれているようでした。

そのほか、集落のなかで非常に目に付くのは子供達が手にしているスナック菓子。

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スナック菓子は子供達にとって、魅惑の品のようです。
お父ちゃんが出稼ぎから帰ってきた時のお土産の筆頭は、これらスナック菓子なのでしょう。

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50以上あるバドゥイの集落全てでそうなのかどうかわかりませんが、
少なくとも私がお邪魔させて貰った集落にはお店がありませんでした。
衣服や食料などの購入は、バドゥイのテリトリーの外にある集落の雑貨屋や、町の小売店を利用しているようです。
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by asang | 2010-12-13 21:26 | Livelihood | Comments(2)
バドゥイの集落で (#06)
バドゥイのテリトリーの中には学校がありません。
これは政府の怠慢などの理由ではなく、バドゥイ自身が学校を否定しているためです。
村の中で電気を使うことも禁じられているので、テレビもラジオもありません。
ですので、村の中でインドネシア語に触れる機会もありません。
サニップさんのようにインドネシア語ができるのは、行商で街に出て独学で学んだ人達だけです。
今の時代、若い男性は行商にでる人も多く居ますが、女性のほとんどは一生をバドゥイのテリトリーの中で暮らすようです。
このときの滞在でも、インドネシア語を話せる女性とは出会いませんでした。

小さな子供達はもちろんインドネシア語ができません。
ですが、好奇心旺盛な子供達とは、言葉が通じなくともなんとか仲良くなれるものです。
最初は警戒していた子供達も、しばらくしたらカメラを構える私を容認してくれるようになりました。

はじめのうちは私を睨み返してきた小さな女の子...

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少しずつ、気を許してくれるようになりました。

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ところで、バドゥイの集落の中では、お金を使うことがありません。
これまでの生活は基本的に自給自足と近隣集落との物々交換で済んでいたようです。

では、行商で稼いだお金は何に使われるのでしょうか?

答えのひとつは衣服です。
元来、バドゥイの人達が纏う衣装は綿花から織られる布で作られていました。
現在でも機織りは続けられていますが、既製服を買ったほうが手っ取り早いようで、
最近では街で売られているTシャツなどを身につけるようになっています。

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バドゥイの衣装については、内バドゥイの住民は白、外バドゥイの住民は黒、と決められているのですが、
外バドゥイの人達に限っては、既製品の流入と共に黒一色だけにとどまらなくなってきているようです。

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by asang | 2010-12-09 21:19 | Livelihood | Comments(8)
バドゥイの集落で (#05)
日が昇ると、人々も広場に集まってきました。
前夜に儀礼の練習のための演奏が行われていた広場です。

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私はそれなりにインドネシアの農村を回ってきた経験もあり、大体どこの村でも人達と仲良くなる自信はあるのですが、
ここではコミュニケーションの難しさを感じました。

大体どこでも最初に仲良くなるのは子供とおばちゃん。
ですが、バドゥイの村には学校がありませんし、
女性達はバドゥイのテリトリーから外に出たことのない人がほとんどで、インドネシア語が通じません。

そんなとき、普段であればデジカメが仲介役になって、モニターに写した写真で盛り上がることもできるのですが、
バドゥイでは写真を撮るのにも、それぞれの皆さんの許可がいります。
この集落での撮影そのものは既に許可を頂いていますが、
各個人に対しては身振り手振りで撮影しても良いかを伺います。

カメラを構えて相手の反応を見ます。
そのままじっとしてくれれば撮影OKの合図(と好意的に理解します)。
うつむいたり、その場をスッと離れる人は、撮影されたくないという合図だと理解します。

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言葉が通じないながらも、子供達はよそ者の私を怖がらなかったようです。
周りに居る大人たちからもNGが出なかったので、
1枚撮ってはその写真をモニターで見せ、子供達の反応を見ながらまた撮影、という感じで写真を撮らせていただきました。

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by asang | 2010-12-05 14:33 | Livelihood | Comments(6)
バドゥイの集落で (#04)
サニップさんの集落で迎えた朝。
日の出前からけたたましく鳴くニワトリのおかげで、寝坊せずに集落の朝の風景を見て回ることができました。

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昨夜遅くまで儀礼の練習があったからでしょうか、意外にも人々の姿が見えません。
早朝から多くの人の往来があると思っていたのですが、ひっそりとしていました。

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こちらは集落のはずれにある米蔵。焼畑で作られた陸稲がしまわれています。
近隣のスンダ人集落で目にする米蔵とほぼ同じ形のものです。

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朝7時前、ようやく人々が動き出し始めました。
朝食の仕度のため、薪を用意するサニップさんの娘さん。

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by asang | 2010-12-03 19:30 | Livelihood | Comments(2)
バドゥイの集落で (#03)
サニップさんのお宅に荷を下ろし、集落を見て回りますが
到着が夕方だったこともあり、あっという間に日が暮れてしまいました。
集落には電気がないので、あたり一面は闇です。
わずかに各家庭から漏れるランプの明かりだけが、そこに集落があることを教えてくれるかのよう。

我々よそ者一行は懐中電灯を持って集落のはずれの小川に向かい、一日の汗を流します。
沐浴から戻るとサニップさんの奥さんが夕餉を用意してくれていました。

夕飯を頂いていると、集落の真ん中にある広場のあたりから竹製の楽器、アンクルンの音色が聞こえてきます。
しかも時間を追うごとに楽器の音が増えていきます。
聞くと、数日後に焼畑での陸稲の収穫が予定されていて、収穫にあわせた儀礼を執り行うための練習をしているとのこと。

居ても立っても居られず、早々に夕食を済ませて広場に向かいます。
40戸ほどの小さな集落の真ん中には15m×15mほどのスペースがあります。
そこに集落の男性陣が集まり、めいめいがアンクルンを抱えて輪になっていました。

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子供達も輪に加わり、回りながらアンクルンを奏でます。

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始めのうちは統率が取れておらず、おもいおもいに音を出していただけのようでしたが、
いつのまにか太鼓の音も加わって、メロディが奏でられるようになりました。

木琴の音に似たアンクルンの調べは、ゆったりとしたリズムから始まって徐々にテンポが上がっていきます。
それぞれのアンクルンの動きはシンプルですが、幾つもの音が重なることによって、かなり複雑なアンサンブルとなります。

他所では聞くことのできないバドゥイのアンクルンの調べ。
目の前で繰り広げられている光景に、私は感動で鳥肌が立ちっぱなしです。

本当はデジカメのビデオ機能で録画したかったのですが、
バドゥイでは静止画の写真は許されていても、ビデオ撮影や録音は禁じられています。
音や肉声、人の動きを記録に残すことは許されないということでしょう。
記録できないのは残念ではありますが、一夜限りの最高の経験と思って演奏を楽しませて頂きました。

我々一行が焚くカメラのフラッシュのほかは、明かりは灯されたランプのみ。

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収穫儀礼の練習とは聞いていましたが、電気のない集落での長い夜を過ごすための、彼らなりの楽しみでもあるのでしょう。
よそ者の我々を楽しませるための演奏というような素振りはまったくなく、
演奏は淡々と、いつ果てるともなく長い間続けられました。
その場に2時間ほど居りましたが、床に就くために頃合いを見計らってサニップさんの家に戻ります。

我々一行は敷かれたゴザの上にめいめいがゴロ寝。
静寂な空間にアンクルンの響きだけが続いています。
本当に贅沢な夜だなぁ、と独り感慨に耽ります。
横になってもしばらくは感動で寝付けませんでした。
この夜の素晴らしい経験は、一生忘れることはないでしょうね。

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by asang | 2010-11-30 21:55 | Livelihood | Comments(4)
バドゥイの集落で (#02)
バドゥイの文化について記すには私の知識も足りないですし、記せたとしてもかなりの文字数になってしまいます。
幸いにもネット上に幾つかの記事を見つけましたので、リンクを貼らせて貰うことにします。

朝日新聞ジャカルタ支局の矢野記者による『文明を拒絶する村
ジャカルタの邦字誌、「じゃかるた新聞」の掲載記事『バドゥイ族の村を訪ねる
バドゥイについて興味を持たれた方は記事を参考にしてください。

上にリンクした記事にもあるように、バドゥイには「内バドゥイ」と「外バドゥイ」があるのですが、
内バドゥイには外国人の訪問は許されていないと聞きます。
外バドゥイの人であるサニップさんの集落には、許可さえ頂ければ宿泊も許されるということで、
1泊2日で訪問することになりました。

さて、いざ出掛けることになっても、どうやって集落まで行けば良いのか判りません。
また、サニップさんはある程度インドネシア語をしゃべりますが、
村人の多くは民族語のスンダ語しか話せないので、通訳になってくれる人も必要です。
そこで同行は、サニップさんのボゴールでの定宿になっている環境NGOのスタッフのブディにお願いしました。
私とブディの他に、共通の友人ヘルマン、そして青年海外協力隊員としてボゴールに居られたEさんと、
京大大学院生で西ジャワで鳥の研究をされていたMちゃんを加えて、総勢5名での旅行となりました。


ボゴールからバスに揺られて4時間、さらにバス・ターミナルから満員のミニバスに乗り換えて1時間半の移動です。
満員を超えて屋根の上にも乗客が乗る、このミニバスに揺られていきました。

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公共交通のルートからそれる地点でミニバスを降り、そこからは1時間ほど徒歩。
こんな道を、道中に幾つかの村を抜けながら1時間ほど歩いていきます。

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目指すC集落に到着したのは夕方になってしまいました。

近いうちにお邪魔します、とは伝えてあったものの、連絡手段がないために具体的にいつ訪問するかまでは伝えていなかった集落への訪問。
いきなり現れた私達を怪訝な目で見る集落の皆さん...
ブディが居てくれたおかげで怪しまれずにすみ、無事にサニップさんの家にたどり着くことができました。

早速村の様子を写真に、と思うのですが、バドゥイのテリトリーでは許可なく写真を撮ることが許されません。
サニップさんにお伺いを立て、長老に取り次いでもらって撮影の許可を頂きました。


森の中に、密集して建つ家々。

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泊めて頂いたサニップさんのお宅(夕方の撮影でかなり手ブレしちゃってますが...)。

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by asang | 2010-11-28 10:32 | Livelihood | Comments(2)
バドゥイの集落で
ここ数日、カメラを買い増ししたい衝動、新型機種へ思いが頭の片隅から離れないのですが、
その頭のもう一方の片隅で、新型機種を買ったら今までに撮れなかったどんな写真が撮れるというのだろう、という疑問も湧いています。
これまでの撮影で「あー、もっと高性能のカメラだったら撮れたのに」と思うシーンって、実はそんなに多くはないんですよね。
そんなことを考えていると「デジタルの一眼レフを買いたい!」と強く思った日のことを思い出します。


3年前の話になりますが、ジャワ島西部のある集落を訪問しました。
バドゥイ(Baduy)と呼ばれている人達の集落です。
バドゥイの人達は、インドネシア国内はもとより海外でも
「昔ながらの生活を頑なに守り、伝統に根ざして生きる人々」として知られています。

バドゥイの人々について語れるほどの知識を私は持ち合わせていませんが、
よく知られている特長として以下のような点があります。

・近代化を是とせず、文明の産物である工業製品などの使用を禁じている。
・学校や病院などの近代システムも受け入れていない。
・バドゥイでない者はバドゥイの人々の許可なく彼らの領域に踏み入ることが許されない。
・「内バドゥイ」と「外バドゥイ」があり、内バドゥイは非常に厳しい慣習を守りながら生活している人達のグループである。
 一方で外バドゥイはなんらかの禁忌を犯した者たちで、内バドゥイから降格した人々のグループである。

このようなバドゥイの特徴は、多様な民族を擁するインドネシアでも非常に異彩を放っています。

基本的に外部との交流に一定の距離を置いている人達ですが、時代と共に彼らの文化も変容しつつあるようです。
たとえばこれまでは全て物々交換で生活していたバドゥイの人達も、現在は現金による売買行為を行うようになっています。
また、外バドゥイの人は外部の人達との交流することも普通になってきています。


さて、私は偶然にもあるバドゥイの人と懇意になることができ、彼の集落を訪問することが叶ったのでした。

話の始まりは2003年。
集落で採れた蜂蜜を売り歩く、あるバドゥイの人の訪問を受けました。
路上で蜂蜜を売っていた彼にウチの職場のスタッフが声を掛け、スタッフに連れられて我が家まで来てくれたのでした。
黒装束に身を固め、手編みの籠に瓶詰めの蜂蜜を担いでやって来た彼、サニップさん。
聞くと、家から100Km以上の距離を3日掛けて歩いて行商にやって来たとのこと!

サニップさんは月に一度程度、町に下りてきて村で採れた蜂蜜を売り歩いていました。
ボゴール市内にも何人かの契約顧客が居て、それらの顧客に蜂蜜を届けに来たついでに売れ残りを路上で売っていたのでした。

    バドゥイのサニップさん

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バドゥイの文化についてはいろいろと話に聞くことはありましたが、直接バドゥイの人とお会いするのは初めてです。
私も相当興奮していたと思います。随分長い間お話しました。
このことがきっかけで、サニップさんは時折我が家に寄ってくれるようになったのでした。

彼が売っている蜂蜜は、800mlぐらいの容量のジュース・シロップの空き瓶に詰めてあります。
当時1本2万ルピア。これを20本ぐらい担いで村からやって来ます。
私は喜んで購入していましたが、蜂蜜って大量に消費するものでもないので、
家に来てもらっても必ずしも毎回購入するわけにもいきませんでした。
そこで、彼と連れ立って近所で蜂蜜を買ってくれそうな家を訪問し、一緒に売り歩いたりしました。
幸い、我が家の近所の環境NGOの事務所が販売代理店のような役割を果たしてくれるようになり、
以降、サニップさんはそこを販売拠点にして固定客を掴むことができたのでした。

    サニップさんが行商していた蜂蜜。
    環境NGOの事務所で販売されるようになりました。

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ボゴールには月に1度やって来て、NGOの事務所を宿にして蜂蜜を売ります。
彼が来たとの連絡を受けると、私もその事務所にお邪魔して夕食を共にしたりしました。
そんな関係が4年ぐらい続いたでしょうか、「サニップさんのお宅を訪問したいのですが...」と聞いてみたところ、許可を頂けて訪問することが叶ったのでした。


    サニップさんの集落で迎えた夜明け。

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by asang | 2010-11-26 23:07 | Ruralscape | Comments(2)
バリ・ジョグジャ旅行 2010年夏 (#03)
海に浮かぶお寺、タナ・ロット寺院。

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バリ到着後、一夜明けて午前中はホテルの庭やビーチなどをぶらぶらとしながらゆっくり過ごし、
午後から車を借りてタナ・ロットまで出掛けてきました。

レギャンの海を始めて見た叔母は「柏崎の海のほうがよっぽど綺麗だがね」(母達は新潟の生まれです)との感想でしたが、
この青い海に浮かぶこの寺院の美しさには見とれていました。
もっとも、木々に遮られてお寺そのものは良く見えないのですが。

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タナ・ロット寺院、海に沈む夕日に浮かぶ姿が有名で、私も夕日が見たいなぁと思ってはいたのですが、
どこも混雑するこの時期のバリの様子にあきらめました。

昼に到着してゆっくりとお茶をしていた我々が、夕方4時前にタナ・ロットを後にする頃には、続々と観光客がやってきました。
駐車場には大型バスが何台も停まり、既に駐車スペースはない状態。
それでも帰路につく我々の通る道の反対車線は、タナ・ロットに向かう車の長~い列が出来ていました。
果たしてこれだけの数の車、どこに停めるのだろう…

夕方になる前に帰ってきて正解でした。
夕日のタナ・ロットの撮影はまたの機会をみつけるとしましょう。


寺院を見下ろす崖のカフェにある女神の像。
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なんかこの像に心惹かれるものがあるんですよね。
2007年に来たときも写真撮ってました。
あっ、傘の色が違う!
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1・2枚目:K200D & DA*16-50mmF2.8ED AL
3枚目:K200D & FA31mmF1.8AL Limited
4枚目:Optio A30

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by asang | 2010-07-14 22:45 | Bali | Comments(2)