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海の森へ (#08)
7回に分けてお伝えしたジャカルタ湾岸のマングローブの森の散策の様子。
これまでアップしてきた写真はこの地域に初めて足を運んだ2年前のものですが、
私はそれまでマングローブの森についての知識がほとんどありませんでした。
以来、この地域に何度か通うようになり、少しずつ学ばせて貰っています。


さて、ここでご紹介した森、実はインドネシア政府が定める自然保護区の中での様子です。
正確にはウジュン・カラワン森林保護区(Kawasan Hutan Lindung Ujung Karawang)といい、
約10,500ヘクタールの広さを有する国有林となっています。

この自然保護区、林業省が自然保護区として設定し、
国営企業である林業公社が管理・運営を任されているのですが、いろいろと課題を抱えているようです。

最も大きな課題がマングローブ林の破壊とエビ養殖池の拡大。
自然保護区でありながら、森が切られてエビが養殖されるとはこれ如何に...?
私も始めは理解できなかったのですが、法律をいろいろと調べていくと自然保護区であってもエビ養殖が可能な理屈がわかってきます。


この自然保護区を管理する林業公社は、株式を100%国が所有する国営企業ですが、
林業によって収益を上げる一方で森林保護政策の一端も担っています。
林業公社は自然保護区に定められた面積のうち、地域の生態系を保全しながらも、
その一部で収益を上げることが認められています。
一般的には林業公社の主な収益は木材生産なのですが、それ以外にも林地を利用したビジネスがあり、
そのひとつが「土地利用権の貸し出し」なのです。

林業公社は生態系が破壊されない程度を見極めながら、
自然保護区の中で生産活動に利用しても良いゾーンを設定し収益に繋げます。
マングローブ林の場合、エビ養殖は大きなビジネスチャンスです。
ただし、林業公社自体がエビ養殖をして収益を上げるのではなく、
土地をエビ養殖業者に貸し出し、その借料から収益を上げる仕組みになっています。


そんな背景があって作られるエビ養殖池。

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Google Mapの衛星写真で見ると、この地域がどんな風になっているか一目瞭然です。
細かく区画され、水田のように見える一筆一筆がエビの養殖池です。

さてこのエビ養殖、実際にエビの生産に関わっているのは地元の人達ですが、
エビ養殖の鍵を握っているのは、実はこの人達ではありません。
林業公社から土地を借りるには大きな資本が必要です。
とても地元の零細漁民が借りられる額ではないのです。

これらの土地は1年単位で賃貸契約が成されますが、
それを借りられるのは主にジャカルタなど都市部に住む資本家です。
資本家は林業公社に借料を払って土地を借り、養殖池の造成やエビ養殖に必要なインフラに投資し、稚エビや飼料を用意します。
地元の人達は投資家と契約し、エビの養殖と収穫を請け負うことで仕事を得ています。


どうして自然保護区の中にエビ養殖池が拡がっているのか、ようやく理解できました。
ただ、保全されている森林とエビ養殖池とのバランスは大きな問題となっています。
また、土地利用権の貸し出しというビジネススタイルも見直しが迫られているようです。
それらについては、次回ということで。


エビの収穫をする地元のおじさん。

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獲れたエビを頂きました。
売れ残りの小さなエビですが、ブラックタイガーです。

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K-5 & Tamron AF18-250mm F3.5-6.3 Di II
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by asang | 2012-06-01 23:46 | Comments(14)
アチェのSiska
今日の午後、インドネシアの最西端、アチェで大きな地震がありました。
幸い、ボゴールで暮らす私には影響もなく普段と変わらない日常を過ごしています。
お気づかいのコメントくださったLondon Callerさん、どうもありがとう。

今日の地震は鈍感な私には感じることもできないものでしたが、
現地のアチェではマグニチュード7.3という規模の大きな地震でした。
ニュースを見てもまだ状況の把握ができていませんが、被災状況が気になります。


ここ数年、アチェでは大きな地震が続いています。
特に大きかったのは2004年12月26日未明に発生したスマトラ沖大地震。
22万人を超える死者・行方不明者を出した大きな災害でした。
当時、私は既にインドネシアに暮らしていましたので、被災者のなかに友人も何人かいて、
亡くなってしまった友人や、一切の家財を失った友人などがおり、天災とはいえ、そのあまりにも大きな被害に心を痛めました。


少しでも被災者の役に立てればと、現地へ緊急支援に飛び立つ友人に募金を託したりしたのですが、
地震発生から3ヶ月たった2005年の3月に、私自身もアチェに向かうことになりました。
いろんな奇遇がかさなり、日本から学用品の支援をしてくれるという団体があり、
それを現地に届けるための連絡調整役兼通訳として力になれることになり、アチェの地に向かったのでした。

隣州の北スマトラで、現地や日本からの友人たちと落ち合い、車でアチェへ。
とにかくその被害の大きさに言葉がでなかったのを覚えています。
現地に着き、自分の無力さを味わいながらも、自分たちに出来ることとして被災者キャンプを回り、日本から届けて貰った学用品を配って回りました。


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     2004年12月の津波で壊滅したバンダ・アチェ市の海岸。
     ここに民家が密集していたことを考えるとその被害の大きさに言葉を失います。
     こんな風景が海岸から2kmも続いていました。


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     被災者キャンプの壁に張られた尋ね人の書き込み。顔写真に名前や年齢などの情報が記されていました。
     ここに張り出された人たちのうち、いったい何人が無事に家族と出会えたのでしょうか。
     私がこれまでの人生で目にしたなかで最も切ない壁です。


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     どこのキャンプにも行方不明の子供達の顔写真が並んでいました。


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     被災者キャンプで出会った理容師の女性。
     「私に出来ることはこれしかないから」と、ジャカルタから着替えと散髪道具だけを持ってアチェにきて、キャンプで無料の散髪活動をしていました。
     その心の温かさと行動力に涙が出ました。
     支援とは何かということの意味を深く考えさせられました。



そんなアチェ滞在中に出会ったひとりの少女といまでも交流が続いています。
当時小学4年生だったSiska。
1週間弱のアチェ滞在のなかで2度ほど彼女のキャンプを訪問し、日本からの支援を届けて話を聞きました。

支援チームでは子供達のメンタルケアが大切だと、一緒に遊戯をしたり、届けた文具で絵を描いたりしたのですが、
そんな中で出会った子供の一人がSiskaでした。
Siskaは地震の後の津波で両親とはぐれ、親戚のおじさんに連れられて被害を逃れたのでした。
幸いなことにはぐれた両親とは1週間後に再会できたそうで、
私が出会ったときにはバンダ・アチェ市郊外のキャンプで暮らしていました。


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     Siskaと家族が暮らしていた被災者キャンプ。


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     私たちの訪問に応えて、キャンプの子供達を代表して礼を述べてくれたSiska。
     当時は小学4年生でしたがとても聡明な子で、水場はここ、煮炊き場はここ、と被災者キャンプの中をあちこち案内してくれました。



たった数時間の交流でしたが、私の言動がSiskaの心に何かを残せたのでしょうか、
私がアチェを後にしてからも連絡をくれるようになりました。

出会ってからかれこれ5年。
あの時のわずかな時間を一緒に過ごしただけで、以降、直接に会うことはいまだ叶っていませんが、
私のことを忘れずにいてくれて「asangお兄ちゃん元気?」と連絡を寄こしてくれます。

連絡はいつもSiskaからの携帯電話のショートメールです。
自分の携帯電話ではないので番号はいつも違います。
ですので、事前にこちらから連絡を取ることが出来ません。
ショートメールを受けて私は折り返しの電話をし、Siskaの近況を聞きます。

このところ3ヶ月に1度ぐらいの頻度で連絡があり、つい先週にも話をしたばかり。
もうすぐ中学を卒業になり、高校に進学したいという希望など、自分の妹の話を聞くようにSiskaの近況を聞いたのでした。


今日の地震を受け、つながるかどうかわかりませんでしたが、先週受け取ったショートメールの番号に返信してみました。
幸いにもつい先ほどSiskaから返事があり、大きな地震だったこと、いまも続く余震が怖いことなどを伝えてきました。
Siskaにも家族にも被害はなく、無事に過ごしていることがわかり一安心ではありますが、きっと不安におびえた夜を過ごすことでしょう。

今夜はSiskaに会いにアチェに飛んでいきたい気持ちでいっぱいです。
Siskaをはじめ、アチェのみなさんの無事を祈ります。
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by asang | 2010-05-09 23:58 | Comments(6)
とりあえず...
いや~、パソコンが壊れれると、普段どれだけパソコンに依存した生活をしているのか、身にしみて感じますね。
気にかけてくださりコメントくださった皆様、ありがとうございます。


壊れたパソコン、業者からの返答は、修理可能かどうかもう少し待ってほしいとのこと。
無事に修理できるといいのですが。

そういえばここインドネシアでは、家電を修理に出すのも要注意。
「修理できませんでした~」なんて言われて手元に戻ってくると、いろんなパーツが抜かれていたりします。
パソコンだとメモリーがなくなっていたり...

ハナから修理する気などなく、パーツを抜き取ってジャンク屋に売り払う悪徳業者も多いので、修理に出すのも面倒です。
今回は事務所のスタッフの友人にお願いしたので、そんなことはないと思っていますが...

さて、2002年製のノートPCではどうにもならないので、
とりあえずインターネット接続とメールを最優先課題として、ネットブックなるものを買ってきました。
ACER社のAspire oneというモデル。

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1GBだったメモリを2Bに増設して、円換算で約4万5千円。
AMAZONで調べてみたら3万8千円(メモリ1GB)とあったので、まずまずの買い物かと。

ちっこくてかわいいのですが、仕事に使うとなると当然のことながらパワー不足ですね。
キーボードもふにゃふにゃで使いづらいし。
それでもとりあえず、しばらくはこれで仕事をこなさねばなりません。

まずはMS Officeなど、仕事で使うソフトをインストール。
面倒なのはOSもソフトウェアも全て英語版だということ。
とりあえずこうして日本語は打てていますが、日本語版のソフトはインストールできても、表示がおかしかったりしてちょっと難儀です。

それとキーボード。日本語配列と異なるので、「・」や「~」のような記号など、
必要なキーがどこにあるのかすぐにはわかりません。

加えてEnterキーが小さいので、つい別のキーを押してしまい
文章入力がスムーズにいかないのもストレスです。
日本語入力って、漢字変換をした後に、Enterキーで確定しなくてはならないので、
Enterキーの使用頻度が高いんですよね。
だから日本語配列のキーボードではEnterキーが大きくなっているのですが、
英語入力が前提だとこのキーは多用しないのでサイズが小さくなっていて、使い勝手が悪いです。

まぁ、とりあえずはだましだまし使ってみるしかありませんね。


ただ、このネットブックを購入して新たに別の被害が発覚しました。
なんと、プリンターも雷の被害にあっていました(泣)
電源を入れると起動しているので、まさか壊れているとは思っていませんでした。
こちらも修理業者に直行となりました。


そういえば、修理のためにジャカルタに出た際、こんなものも購入してしまいました(爆)。

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でも、これは個人での購入ではなく、事務所のスタッフが使うためのもの。
「野山で使用するので、とにかく頑丈なデジカメをください」とお願いしたら、これを薦められました

Pentaxのコンパクト・デジカメはこれまでにも2機種ほど使っていて、使い勝手がよくて気に入っていたので、
即決コチラを購入にいたりました。
もっとも、使用するのは私ではなくスタッフなのですが...
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by asang | 2009-10-01 00:26 | Comments(3)
パニック!
木曜の夕方、雷雨に見舞われ、メインで使っているノートパソコンが雷にやられてしまいました...
普段から気をつけていて、使っていないときは電源とLANケーブルは常に抜いておくようにしていたので、
この7年間一度も被害にあったことはなかったのですが、
木曜の夕方に急ぎの用事が出来て、あわてて家を出たところ、ケーブルを抜き忘れて取り返しのつかない事態になってしまいました。

モデムが壊れてしまっているので、おそらく電話線経由の過電流だと思います。
電源部がショートしているようで、電源ボタンを押してもウンともスンとも反応しません。

とりあえず、本日、ジャカルタに出て修理できそうな業者に預けてきました。
不幸中の幸いだったのは、ハードディスクは被害にあっていなかったこと。
ノートPCからHDだけ取り出して、外付けHD用のケースだけ買ってそこにHDだけ移植したので、とりあえず大切なデータだけは確保できました。
データが無事と判ったときには、安堵からその場にヘナヘナと崩れるように座り込んでしまいました。

PC本体の修理は、修理が可能かどうかすら判らず、修理屋からの連絡待ちとなりました。
使っていたPCはエプソン・ダイレクト社のもので、日本国内でしか販売していないものなので、
換えパーツ等の入手は無理なことも、修理の困難さを増す原因となったようです。

とりあえず、いまは2002年製の古いノートPCでなんとか対応していますが、反応が遅すぎていかんともしがたいです。

こちらでPCを買い換えると、OSが英語になってしまい、日本語のソフトがインストールできないんですよね。
かといってPCを買いに日本に帰国するわけにも行かず、途方にくれています。
誰か日本から友人がこちらに遊びに来てくれるようなことがあれば、ネットで購入して託すこともできるのですが、あいにくそんな予定もなし...

来月は四半期事業報告やらプレゼンやらで、とても忙しくなるのに、どうにも困りました。
いま、かなりのパニック状態です。

と、いうような事情でしばらくはブログのアップも難しくなってしまいました。
撮り貯めた写真はいっぱいあるのですが...
ブログを始めて半年、初めての写真なしの日記になりました。
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by asang | 2009-09-27 03:17 | Comments(3)
雲の上から
シンガポールの街は特に好きではないのですが、空の旅は結構好きです。
街を撮るためというより、機内での撮影のためにカメラを持っていったりします。
上空からの眺めとか、雲の形や変化は見ているだけで気持ちがワクワクします。

刻々と変わっていく状況の変化はずっと眺めていても飽きないですね。

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3枚とも K100D super & FA35mmF2ALにて撮影
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by asang | 2009-05-08 23:58 | Comments(0)
ブログはじめました
インドネシアで暮らすようになって早7年。
日々の生活を記録に残しておこうと写真を撮るようになりました。
お気に入りのPENTAXのカメラで、インドネシアの風景や人々の暮らしを写真におさめていこうと思います。
どうぞよろしく。


まずは家の近所から。我が家の目の前を流れるチリウン川。ボゴール市内を北上しジャカルタを経て南シナ海へと抜けていきます。
K200D & DA12-24mmF4
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夕暮れのボゴール市内。
K100D Super & DA18-55mmF3.5-5.6 AL
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お気に入りの農村風景。
K200D & DA18-55mmF3.5-5.6 AL II
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農村の可愛い子ども達。
K200D & FA50mmF1.4
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by asang | 2009-04-18 09:31 | Comments(4)